昭和四十九年三月十五日 中村マスヨ五十日祭の御挨拶


 不行き届きながら、たった今お祖母ちゃんの霊様の合祀祭、言うなら今日は本式な霊様の仲間入りをされるというお祭。同時に五十日のお祭。併せてさせて頂いたわけです。
 本当にあのう、孫達にいたるまでが、このお祭を前々から心に掛けさせて頂いて、本当に金銭の上にもお繰り合わせを頂かなきゃならない。事柄、事情の上にもおかげを頂いて、祈りに祈り、思いに思うて、この五十日祭が奉仕された。言うなら真剣勝負のようなお祭だった。
 そのことを私神様にお礼申させてもらいよりましたら、こじんまりとした庭ですけれども、そこには石庭のような、これも石庭ですけれども、ここにはそれが小さい、庭ですがね。もう石ばかりで作ったもう見事な石庭を頂いた。どういうことだろうかと私は思うたんですけれども、いわゆる心配りということだと思った。心を配らして頂くということ、いわゆる、例えばお供え一つでも、お祖母ちゃんが好きであったようなものを、あれやらこれやらと工夫さしてもらってたり、昨日から孫達が二人がお祭の準備に、一生懸命大わらわで御用さしてもろうたり、本当にあのう信心が日頃出来とらな
ければ出来ることじゃない。
 私は昨日もそう思たんですけれども、そういう信心によって、私共の心が清められたり、限りなく美しゅうならして頂くその心、それを言わば真心というわけでしょうけれども、真心で配る、真心で心配りをする。
 私は石庭ということは、「石」ということは、「心」という意味だと思うです。「あの人は意志が強い」とこう言うでしょう。どうでしょうここにこれだけ石庭がしてありますが、あの大きな岩がその小さい庭に、ゴロゴロとこう積み重ねてあるだけであった。そりゃあもうそれこそ見苦しいだけではなくて、邪魔になるだろうと思います。例えば小さい広場がある、そこへ石をただいきなりあっちへ置いたりこっちへ置いたりしただけであったら、それは見苦しいだけではなくて、邪魔になる。
 ところが、名人、ここの石庭なんかは、日本一と言われる前田先生が、それこそ心血を注いで作られた庭ですから、大きな岩を、配石をする。石を配ってある。その配石が何時まで見とっても見飽かんような、言わば庭に造り上げて行かれるように、私共も、言うならば、心を配らしてもらう。それも、神様が喜んで頂くような心を以て、祖母ちゃんが喜ぶじゃろう、祖母ちゃんがどうじゃろう、ああじゃろうとこう思いに思うて、心を配らしてもらう。ああお母さんもそのためには金銭のお繰り合わせも頂かなきゃならん。ああだこうだとこういう。
 本当にあのう、英幸さんなんかこんな大きな花生けとりましたから、あの人が帰ってくる時にねお金を持ってきてくれるだろうと当てしとった。ところが向こうの送金が遅れて、さあどうするだろう
かと言うとるところへ、思いがけない徹美さんがまとまったお金を持って帰ってきてくれた。もう本当に、当てしとったら、向こうから外れて行くような感じだったけれども、本当におかげを頂いて、神様のおかげちゃ働きちゃ、本当に霊様が喜んでおる印をこのようにして現してくれるのであろうかと、その霊様の喜びと、私共の心配りとがこう通うて、交流して、そしてここにこじんまりながらも、私はみなが出来ておる姿を今日のお祭の神様が喜んで下さる、霊が受けて下さったことであろうと。それを仏教では、いろんなご法事ごとをしたりなんかすると、お配り物をするですね。私は本当の意味で、例えば私共が心配りをさせて頂いて、思いを使うて、ただ五十日が来たから、五十日のお祭をせんならん。合祀祭をせんならん。と形式とか形でするのではなくて、もう万事が万端の上に、お都合お繰り合わせを願うて、そのお都合お繰り合わせの中に、成程神様のおかげを頂かなければ出来ることじゃない。霊様が喜んでいる印だというように、思いを結集して、今日のお祭が出来た。
 もう全部がお供えしてありますが、あのお全部の一つ一つの中にも、本当に思いを込めて御信者さん方が御奉仕されて、そして出来ましたが、霊様があれを食べなさるとか、飲みなさるということではなかろうけれども、その心、その心が、心を配ったその心が、霊様へ通うと私は思うですね。本当に今日私が頂きます、言うなら見事な配石、言うなら見事な心配り。それが今日の、言うなら見事な石庭が出来上がっておるようなものではなかろうかと私は思わして頂いて本当に子供は持っとかんならんなあ、孫を持っとかんならんなあと思うた。
 けれども、いかに子供を持っとらんなんとか言うてもです。孫が
どれだけおってもです。そういう関心もなからなければ、思いもないという孫がいくらおったってこれは始まりません。例えばなら、中村さんたちなら、親子例えば三人なら三人、それに嫁の【 】子さん、【 】子さんも、例えばこのお祭に掛けて思いを込めて、お祖母ちゃんのことを偲びに偲ばせてもらい、思いに思うて、このお祭りの奉仕をさせて頂いた。
 それが私は日頃信心させて頂いておる、言うならば、おかげだ。神様がござるやらござらんやら、霊様の世界があるやらないやら、言うならば、それは事実を言うたら、私共でも分からん、見たことはないから。けれどもね、ある証拠に、言わばおかげを受けられるということ。あるやらないやら判らない、言うなら心一つでね、心だって取り出して見せというたて分からん。あるやらないやら分からんのだけれども、自分の心の中に悲しいと思うたり、腹立ったり、イライラしたりするところをみると、やはり心はあるということなんだ。だから、その心をです。いわゆる和らぎ喜ぶ心、もう本当に一切を有難い有難いで受けて行くという日頃稽古をさして頂いておる、その心で今日の霊様のお祭が出来た。これが神様に通わないはずはない。これは霊様が喜びなさらんはずはない。
 それが、例えばなら、今日までにこのお祭りを仕えたら、万事万端の上に、本当にご都合お繰り合わせ、それを普通で言う人は、ああ良かった。「丁度分が良かった」と言うだろう。「素晴らしいタイミングだった」とこう言うだろう、けれども私共はそれを、分が良かったとは思われん。やはり神様の働き、それを自分の心一つでね、自由自在に出来たり、大きな石を言うならば積み重ねておるだけでは、それは却って邪魔になるもの。人の邪魔になるだけではな
い、それこそ神様のお邪魔にもなるもの。霊様も言うならば進んで行かれる。まあ仏教的に言うなら、極楽なら極楽という道を歩いて行かれておる。その言わば妨げになるような心の使い方、石の使い方ではいけません。本当に心をね、もうそれこそ素晴らしい名人が、石を言わば配石をして、素晴らしい石庭だなと思うて見て眺めるような心の状態と言うものを、言わば配って、今日はおかげを頂いたようなもの。
 身近な御親戚の方達もこうやって一緒に参列して、お参りをして下さっとる。本当に霊様のもしこれがなら一人一人に声を掛けられて、お礼を言われることであろうと思いますけれども、それが出来んのが、あの世とこの世であります。けれども、私共の心にです。お祖母ちゃんが喜んどるだろうと、心のなかに感動が湧いたなら、心の中に何かを感じならば、ああ霊様が今、挨拶をしてくれておるんだと言うふうに頂いて下さってもいいと私は思うですね。白々しいものじゃない、もう思いが交流する、霊様と通う。なんかそういうね、こじんまりとしたお祭、こじんまりとした石庭ではあったけれども、何か見事な名人が築いた石庭を見るような思いの霊様のお祭だったと思います。   
 これから、一年祭、三年祭、五年の式年というように、段々式年を重ねるたびに、霊の位も段々付いていくだろう。皆さんの信心の如何によって、霊様がもっと喜びの霊、もっと安心の霊として、おかげを頂いて行くだろう。そういう状態を、私は次の一年祭にまた違った感じで頂けれるようなおかげ。こりゃもう心に頂くものだからね。けれどもその心に、おかげが伴うというところに、信心があると。「おかげは和賀心にあり」和らぎ喜ぶ心にある。親が安心す
るように、親が喜ぶように、霊様が喜ぶように、。
 私は今日は、丁度午前中、一時、二時頃まで、今日はここの総代さんの久富さんというところのお宅の結婚式が向こうの西脇殿でございました。それで、やれやれとしとるところへ、ある御信者さんが、息子さんと二人でお参りさして頂いた。その息子さんが、本当に「参れ」と言わんでも、なかなか信心がないのだけども、今度大学の受験、何年も出来なかったのが、今度はおかげを頂いて、三つの試験三つながら出来た。今日はまた九大に、合格発表を見に行きよる、吉井からですから。それでお母さんは、いつもお昼参ってくるから、この参ってきたら、息子がちゃんとバスの停留所におる。「あれ一緒に、ならあんた、福岡に発表を見に行きよると」「うん僕は見に行きよる。僕はちょっと合楽によってお礼を申し上げたいと思う」もうお母さんが涙流して喜びよる。
 二人丁度万事、本当に神ながらなことだったなあ。あのほんな、ちょっと三四十分の間に、ご修養済んでこのお祭りするなら、その合間に丁度お参りしてきた。それで私裏に控えとったから、上野が戻ってきたから、あれ宏さんといいますから、「宏さん、親孝行ちゃあ簡単なことね」と私は申しました。親がお参りして来ると、「本当にこれだけのおかげ頂いとったじゃけん、一遍お礼参りしてれるとええばってん」と、こう思うておって、言うたっちゃ聞かんから、ところが今日は期せずして、母親がここへ参ってくるのと、宏くんがここへお礼に出てくるとが、一つのバスで一つ一緒に参ってきた。本当に親孝行ちゃこんなに簡単なもの。問題は親が喜ぶということが、親孝行なんだ。ほりゃもうお金はたくさんやった。立派なお家を建ててやった。さあ着物を反物をと言うてもです。ならそ
の子供の、もし出来が悪かったら、「もう金もいらん、物もいらん、あんたが真面目になってさえくれればええ」と言うのが、私は普通で言う親孝行と親不孝の別れ道じゃなかろうかとこう思うんです。
 ただ、宏くんが、ここへお礼参拝をするということだけで、親が涙が流れるほど有難い。に言うなら比べてです。なら、宏くんにしても、徹美くんにしても、まだ若い、信心は若いけれども、嫁の美智子さんも一緒に、家族が勢をそろえて信心が出来るということは、これは中村さん大変な親孝行だと思うね。だからそういう、「お母さん心配せんでええが、僕たちがこうしてああして」と心を配ってくれる、そのことにです。なら毎朝参ってきて、中村さんがお礼を言うことは、「もう本当に、宏行が行き届いてくれます。嫁がこうです。徹美がこうやってあれこれと心配してくれて、私は、まるきり本当に自分の親のお祭をするのに、孫達が一生懸命になってくれるからと言って喜ぶ。これがそのまま親孝行。親が喜ぶということが、私は親孝行なんですから、いよいよその心をもっともっと、高度なものにして行く、その精進が、お互い信心の精進だと思うんです。
 今日のお祭は、霊様がどんなにか喜んで受けて下さるか、その印を皆さんの心に感ずるもの、または、中村家では、あれやらこれやら、成程こりゃ神様のおかげと言わにゃおられないと、霊様の働きじゃろうと思わにゃおられないような働きを感ずるなら、いよいよ霊様がよりもっと喜んで頂けるような信心をおかげ頂かなならんということになるんですね。
 おかげで無事に、五十日祭・合祀祭併せて終わらして頂きました
。本当に不行届きなことでしたけれども、おかげを頂きました。御親戚の皆さん本当に、足が痛かったでしょう。お座りになっておられて。
皆さんどうも有難うございました。